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アマゾンジャングル!マナウスーマルガリータ島走破記録(2)
はじめに
前回マナウスを出発してアマゾンジャングルの道路に足をいや車を踏み入れその過酷さの一端が見えていましたが、更に車を走らせジャングルの過酷さの中にある感動の数々を紹介しています。
どんな感動に出会うことができるのかは本文でお楽しみください。
ジャングルの道はドキドキがいっぱい!
イガラッペのドキドキがたまらない
道はこの先の集落カラカライまで未舗装のこの状態が続くのだが道中にはイガラッペが多数存在する。
イガラッペとはトッピ系先住インディオの言葉でカヌーの通る水路のことのようだが渓流や小川のイメージである。
幾度となくイガラッペを渡る羽目になるのだがイガラッペにかけられた木製の橋がまずドキドキ感満載なのだ。
どう見てもがっちり系ではなく細い柱と板で作られたその橋は、路面が板張りで板と板の隙間が大きく又穴が開いている板も多くあり車で通過できるのかな~という心配が頭をよぎる。
その板張りの路面上に、進行方向と同じ向きにタイヤ幅ほどの補強用と思われる板が渡してあり実に渡りにくい、何故かといえばこの細い補強板の上を運転して通さなければならない訳で数十か所もある橋を渡るたびにドキドキものなのだ。
赤道のモニュメント
マナウスを出発して凡そ350㎞、道路わきに岩とホッケーのスティックを組み合わせたようなモニュメントが現れる。
モニュメントには赤道を示す「EQUADOR」の表記がされているのだ。
位置的にはアマゾナス州から州境を更に北上したボアビスタ地内に入って間もなく見ることができる。
周辺には特に何もなく観光地化されているわけでもないのでなかなか訪れる人も少ないようである。
又この「緑の大地を貫く赤絨毯の道」には、多品種の花が咲き乱れているが残念ながらあまり画像を残せていなかったのだ。
ここに一つ茄子の原種のような植物を紹介しておこう。
花も葉の形状も実も何となく茄子を連想させるではものではないだろうか。
茄子の原種のような花
真っ暗闇の中の感動
我々は夜を徹してジャングルを走った。
途中に小さな部落はいくつかあるがほとんどの道程は全くの闇、何の照明も無く道路を走る車のライトだけが唯一の灯りなのである。
車を止めライトを消してみた。
自分の腕や手すらも目視することができない真っ暗闇の中にいることを改めて知った。
途中で道の上に光るものが横切った間隔を覚え思わず車を止めてよく見るとワニが道路を横断する所だった。
すかさずカメラを取り出し車を降りて構えたが車のライトから外れた闇の中では写真が撮れるはずもなく、わずかに鰐のしっぽが反対側に消えていく一瞬を目視で確認できただけであった。
それにしても此れだけの真っ暗闇の中を二人だけで夜通し運転していても”恐い”という感情にならなかった事は今でも不思議に感じられる。
多分恐い感覚よりも未知を知りたい好奇心のほうが高ぶっていたのだろう。
そしてこの闇の中で上を見上げた時我々は言葉を失った。
星である。
満天の星である。
其れを見た時鳥肌が立つような思いを感じたのは僕だけだっただろうか?
其れは言葉では説明できないような美しさであり手を伸ばしたら届きそうで掴んで捕れそうなのである。
星がこんなにも多くあるということはそれまでの僕の理解を超えていた。
どこのプラネタリウムでも、これだけの星の数を再現できているところは無いのではないか。
天の川はちゃんと川になっているのだという事。
それもよく見るとではなく目を上げれば釧路湿原を蛇行する釧路川のように、水の淀みまで見えるようなそれほどまでに川なのであるということが簡単に理解できるのだ。
それは全身鳥肌状態だったのだ。
そして此れだけ多くの星があったら異星人がいても不思議でないだろう、SFの世界が現実の世界になっても不思議ではないだろうと思いをはせてしまうひとときでした。
フェリーボート事件
目指すカラカライの手前に小さな集落がある。
我らは真夜中に立ち寄ったこの集落で嫌なニュースを耳にしたのである。
それはカラカライの直前に大きなブランコ川があるが、川には橋が架かっておらずフェリーボートが就航していることは聞いていた。
耳にした嫌なニュースというのは夜中の2時に出る予定のフェリーボートが今壊れていて修理中というのである。
ニュースソースも少なく修理の目処もたっていない様子で、このフェリーボートが予定通り出発できなければ我々の限られた日程にも大きく影響すると気を揉んでいた。
20分、30分と時間が過ぎていく中、真偽の確認もできずイライラしているとボアビスタに戻る軍隊の小隊のトラックにたまたま遭遇した。
いろいろ情報交換をする中で最悪フェリーが無ければ軍隊のフェリーを呼ぶから、其れにおまえたちの車も載せてやると約束してもらうことができた。
此れはラッキーであった。
我らは軍隊よりも先に其の部落を出発したが、フェリー乗り場に着くと案の定定期フェリーボートは修理中で出発の目処が立たないという。
乗り場の傍のランショネッチ(軽食屋さんのようなもの)のおやじさんが、この場所を貸すからここで寝ていけという、治るまでには時間がかかるというのである。
とりあえずパンを頬張っていると先ほどの軍隊がきた。
軍隊の連中もどかどかと店に入り思い思いに飲み物、食べ物にありついていたが、先ほどの小隊長は盛んに基地と連絡を取り軍隊のフェリーを呼んでいた。
暫く待つ事約一時間ほどで、軍隊のフェリーが到着した。
さすがに立派なフェリーである。
大きさも定期船より若干大きい大きさであった。
最初に軍隊のトラック2台、定期就航バス1台、最後に僕らの車が乗せられいよいよ川渡りで、乗り場を離れて10分ほどで反対岸に着いた。
岸に降りて暫く走るとカラカライの町の灯が見えてきたが、やっぱりここからは道が舗装されていることが新鮮でやっと東京―大阪間程もある未舗装のジャングル道を抜けてきたのだと実感した。
既に時刻は午前3時を過ぎており、もうひと走りして初日の目的地ボアビスタのホテルに飛び込んだのは朝の4時を廻っていたのだ。
実はボアビスタに着いていざホテル探しをするも全く初めての土地であったこともあり、又夜のとばりの中で道を聞くこともままならず路地を入っては戻るといった右往左往の時間を30分以上も続けていると、朝の早い人はいるものでようやく会えたその人に道を聞くことができて無事ホテルにチェックインすることができたのだった。
なんとマナウスを早朝5時に出発してから20時間以上、ほとんど運転の初日であったが、よく走ったものである。
ホテルに入った後はただ眠るのみで、すぐに眠りについたのは言うまでもない。
あとがき
マナウスから走り続けること20時間超、東京ー大阪間程のなが~い未舗装道路の走破であったが、過酷な中に大いなる感動の連続で、初日から意義あるものになっていた。
この後いよいよヴェネズエラに入っていくことになるが、ヴェネズエラにも感動の数々が待っており、まだまだ楽しんで頂ける内容が盛りだくさんです。
ブラジルとヴェネズエラ、はたまた日本との価値観の違いなども感じて頂けたら嬉しいです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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